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315日45ヶ国の世界一周を終えて感じた10のこと

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2014.9.21~2015.8.1  315days 45coutries 83cities
日本→フィリピン→マレーシア→シンガポール→インドネシア→タイ→ミャンマー→ラオス→タイ→アメリカ(サンフランシスコ→ロサンゼルス→ラスベガス→ニューヨーク)→コロンビア→エクアドル→ペルー→ボリビア→チリ→アルゼンチン→パラグアイ→ブラジル→ドイツ→スウェーデン→フィンランド→エストニア→ラトビア→リトアニア→ポーランド→チェコ→スロバキア→ハンガリー→ベルギー→オランダ→イギリス→フランス→スペイン→モロッコ→イタリア→トルコ→イスラエル→パレスチナ→ヨルダン→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→タンザニア→ケニア→インド→ネパール→シンガポール→カンボジア→タイ→香港→中国(上海)→日本(帰国)

 

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世界一周に出発する直前、関西空港にて。

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ドイツのケルン大橋。夜景がものすごく綺麗。

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スペインのサグラダファミリアの中。建築物で一番に感動した。

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ウユニ塩湖の朝焼け。360度の鏡張りは本当に奇跡だと思った。

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ラオス・ルアンパバーンでの夜の出店。

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サハラ砂漠をラクダで移動し寝泊りをした。

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リトアニアの十字架の墓はむしろ美しく感じた。

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ケニアではアフリカの大自然を満喫した。

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 インドのガンジス川で見た夕焼け。

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世界一周最後の日に見た上海の夜景。

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 ユダヤ教徒の聖地、嘆きの壁。

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街並みで一番好きになったモロッコの青の街シャウエン。

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モロッコのサハラ砂漠から見た夕焼け。

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シンガポールは国全体が東京以上の大都会だった。

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コロンビアのメデジンは標高が上がるにつれてスラム化していく。

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世界最大のカーニバル、リオのカーニバルはやはり最大だった。

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アメリカのグランドキャニオンは壮大すぎて絵を見ているような感覚だった。

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アルゼンチン、サルタのヨーロッパのような街並み。

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リトアニアのプラットフォームにて。

 

世界一周の旅から帰国して約3ヶ月が過ぎました。2014年の9月21日に日本を出て、帰ってきたのが2015年8月1日。約315日間の旅でした。帰国してからは懐かしい友人や家族、お世話になった人たちに挨拶をして旅での出来事をいろんなところで話してきたんですが、イマイチしっかりと文字として言語化することができていませんでした。

なので、今、もう一度このブログで世界一周で学んだこと、感じたことを振り返ってみます。

 

世界一周をした目的

そもそもなぜ世界一周をしたのか。

目的としては大きく3つありました。

1つ目はいろんな国を訪れて世界中の人、物、風景、文化に触れることで、自分という人間の経験値や視野を広げること。2つ目の目的は世界中で活躍している起業家、ビジネスマン、NPONGO、青年海外協力隊、アーティスト、ジャーナリストなど、様々な業界の人とお会いして自分のこれからのキャリアの軸を決めること。そして最後の3つ目は、旅の様子を発信していくことで僕と同じ世代の学生に新しい刺激や選択肢を提示していくことです。

そして以上をまとめて、世界一周CAREERPACKER PROJECTと仰々しい名前を掲げて旅をしていました。世界中であった人たちのインタビュー記事はこちら

1.世界一周をやりきった

帰国してからよく、「世界一周どうだった?」と聞かれます。約10ヶ月もの間日本にいなかったわけだし、僕が相手の立場でも友人が世界一周から帰ってきて久しぶりに会ったら絶対にそう質問すると思います。

そんなよくある質問、「世界一周どうだった?」に対してまず答えるのは「世界一周をやりきった」ということ。

僕は大学1年生の時からいつか世界一周をしたいと考えていて、当時の僕にとって大きな夢、目標でもありました。そして今、世界45カ国を旅して生きて日本に帰ってきて、大きな夢を叶えることができました。

正直、旅を振り返るともっと充実させることができたと思うし、だらける時も多々あったし自分に対して憤りを感じることもありました。それでも日本を出発して世界中を旅して危ないこともあったけれど生きて帰ってくることができた。その世界一周をやり遂げたという事実が、今、僕の中で大きな自信につながっている気がします。

2.世界中どこでも働けるし、どこでも生きていける

僕は旅先にSIMフリーのiPhoneを持って行き現地のSIMカードを購入することで、海外の一部の国では日本と同じような感覚でインターネットを使用していました。Googlemapを使えば道に迷うことなんてほぼないし、翻訳アプリを使えば英語が通じない地域でも意思疎通を図ることができます。また主要都市であれば日本人コミュニティーがあるので何かトラブルが起きてもそこで相談できる人たちもいます。

そのときに思ったのが「今の時代、日本じゃなくてもどこでも生きていけるな」ということ。もちろんパスポートの制約やビザの問題はありますが、一旦そういうのを取り除いて考えてみると、その人の気持ち次第でどこでも生きていけるし働ける気がしました。そして、実際にそうやってノマドのように生きている人にも会いました。

インターネットは、働き方だけでなく生き方そのものを変えたなということを世界規模で感じています。これは日本の中にいるだけではイメージしづらいことです。

3.インターネットで人の繋がりは強まっていく

上記に加えて、旅中はTwitter、Facebookを使って海外で働く方とコンタクトを取ったり、couchsurfingでタダで現地の人の家に泊まらせてもらったり、Meetupで現地のイベントに行ったりとインターネットをフル活用する旅をしていました。

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そこで感じたのは、「インターネットで人の繋がりは強まっていく」ということ。インターネットの普及でリアルのコミュニケーションが不足したなんて考えもありますが、世界を回ってみたあと僕が感じたのはその真逆のことでした。

今は、インターネットがない時代には絶対に出逢えなかった人たちと気軽に出逢える。そして、自分の好きなコミュニティーをネット上で探してそこに参加することもできる。こういう一つ一つの人の繋がりがインターネットが普及したおかげで増えています。インターネットで人の繋がりはどんどん強まっていく。そしてそこに何か大きな可能性というか未来があるんじゃないかと、そんなことを旅中に感じていました。

4.考えや経験はどんどん発信した方がいい

世界一周をきっかけに自分が旅をして考えたことや、自分の思いを頻繁に発信していました。その前からTwitterやFacebookで頻繁に投稿はしていましたが、ある程度まとまった文章を本格的にネット上に発信するようになったのはこの旅をテーマにしたブログが最初です。

ブログで発信していたおかげで、たくさんの旅人からメッセージを頂き実際に現地で合流できたし、アウトプットの場として自分の考えがより深掘りできたし、人にオンラインでメッセージを送る時に名刺代わりにもなりました。他にも、「今何をやっているのか」「どういう思いでやっているのか」「これからどうしていきたいのか」そんな自分の考えを発信することで頭が整理され、さらにそこに共感してくれた人も集まりました。

これは間違いなく僕が旅を発信していくことで得た大きな財産です。本当に発信していて良かったと思っているし、これからも発信し続けていきます。

5.日本人は自分で幸せの指標を作る必要がある 

旅中は宗教についてもめちゃくちゃ考えていました。

モロッコでイスラム教徒の宿のオーナーが1日5回の礼拝をしていたり、エルサレムで出会った同い年のユダヤ人が嘆きの壁にお祈りに行ったりという場面を旅中たくさん見てきたので、それまで無関心だった宗教について考える機会が多々あったんです。

そして宗教と自分、宗教と日本人について考えたときに思ったのが、「多くの日本人は宗教にあまり関心がなく心の拠り所となる神がいないので、自分でその幸せの指標を作っていく必要がある」ということです。

キリスト教もイスラム教も仏教もユダヤ教もヒンドゥー教も心の拠り所となる絶対的な存在がいるけれども、多くが無宗教者である僕ら日本人はその心の拠り所となる絶対的な存在がない。だからこそ、自分たち自身で絶対的な幸せの価値観をそれぞれが作っていく必要がある。そう感じました。

6.失敗を恐れている時間なんてない

旅の中盤、イスラエルを訪れた際にユダヤ人のこれまでの歴史の歩みや生き方を知る機会がありました。リスクを取れない日本人が世界最強の人種ユダヤ人から見習うべき【5つの習慣】でも紹介しましたが、出る杭は叩かれる日本とは真逆の失敗に寛容な文化がイスラエルにはあります。イスラエルの西の都市テルアビブは「中東のシリコンバレー」と呼ばれるほど起業が盛んなのです。僕がお世話になっていたイスラエルの大学生も自分の会社を興そうとしており、かなり刺激を受けました。

このユダヤの文化は、旅中に、失敗を恐れずにどんどん挑戦していくような人生を送っていきたいと感じていた僕の考えとシンクロするところがあり、よりその思考が深まりました。

「失敗を恐れない」これからの人生で最も大切にしたい考えです。

7.本当に必要なものは驚くほど少ない

世界一周の初めの段階は「あれもこれも必要なんじゃないか。もしかしたら使うかもしれないからとりあえず持って行こう」という風に物の区別が出来ませんでした。

しかし、2ヶ月くらい旅を続けたときにバックパックの荷物を全て整理してみたら、一気に荷物が減ったんです。旅を進めていくにつれて、本当に自分に必要な物と本当は必要じゃなかった物の区別ができるようになったんだと思います。

旅中に断捨離が出来てからは新しい物ではなく新しい体験や人に目が向くようになっていきました。僕はミニマリズムの本を一度も読んだことはありませんが、それらの本質って結局は、新しい体験とか経験を重視するようになることなんじゃないかなと思います。

ちなみに僕は帰国後の今も、旅中と同じくらいの荷物の量で生活しています。笑 物を捨てられない、新しい物がすぐに欲しくなる人は一度、長期間の旅を経験してみることをお勧めします!

関連リンク:コンパクトに生きる。モノを最小化して得られるメリット

8.世界には素晴らしい人、もの、景色、文化で溢れている

この記事を書いているときに旅中に撮った写真を整理していました。振り返ってみると、やっぱり、世界にはほんとに素晴らしいことで溢れているなあとしみじみと感じています。

イスラエルでは現地の大学生の友達カラームの家に10日間お世話になり、人はバックグラウンドが違くても本当に友達になることができるんだと思いました。彼とは今でも連絡を取っていて、近いうちに友達と日本に行くかもしれないからまた日本でよろしく!と言っています。

建造物で一番感動したのはサグラダファミリアです。まだ未完成ですが、人が作ったもので人生で最も感動しました。荘厳、偉大、神秘、、どの言葉でも形容できない建物だと思います。

景色や場所ではボリビアのウユニ塩湖、ケニアのサファリ、モロッコのサハラ砂漠。数百万人以上の人が一体になってカウントダウンをしたニューヨークのカウントダウン、ブラジルで行われた世界最大のカーニバルであるリオのカーニバル。そのどれもが素晴らしく、世界にはこんなにも魅力的で、面白くて、アツくて、人を感動させるものがあるんだと何度も思いました。

ただ、10ヶ月45カ国83都市旅をした僕でも、まだ世界の10分の1の魅力も知れてないと思います。それくらい世界は広く、奥深く、興味深い。

9.日本を飛び出して世界で活躍する人たちに共通するのは自分で道を切り開いていること

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インドの新興工業地域グルガオンで出逢った関鉄平さんは、大学時代に世界一周をした経験から「日本人として世界で戦いたい」と思い、新卒で日系の電気自動車メーカーのテラモーターズに入社し、現在はインド支社代表としてインド中を駆け回りながら奮闘しています。

また、スペインでサッカー監督として活躍している坪井健太郎さんは高卒後から日本でコーチ経験を積み、その後プロレベルで仕事をするために何のツテもないサッカーの本場スペインへ渡りました。

異国の地で活躍している人に共通するのは、周りの助言や肩書きや年齢にとらわれることなく、「自分がどうしたいか、何を成し遂げたいのか」を大事にして、それを実現するためにひたすら行動していること。それも、海外という頼れる人がほぼいない環境下で。覚悟と情熱を持って自分で道を切り開くんだ!という気概がものすごかった。

日本で普通に大学に通っていたら絶対に出会えないような、ガッツのある大人と世界中で出会ったという経験は、僕にとって大きな財産となっています。

関連リンク:

テラモーターズ関鉄平さん、YOYO Holdings河野邦彦さんに聞いたインドビジネスの裏側 

−世界初、世界最高の指導者留学プログラムを。−バルセロナ、サッカー監督坪井健太郎さん 

10.世界一周の終わりと始まり

そんなわけで、僕の315日間45カ国の世界一周が幕を閉じました。

帰国後は仙台の実家に久々に帰ったり、大阪で世界一周のことをイベントでお話させて頂いたりと日本国内をふらふらしていたんですが、やっと落ち着いて東京で新たな生活をスタートしています。

帰国したあと、多くの人から「これからどうするの?」という質問を受けました。正直全く何も決まっていなかったので返答に困ることが多かったのですが、「何をしたいか」「何を実現したいのか」を自問自答し続け、ようやく見えてきました。

上にも書いた通り、僕は旅中にインターネットの恩恵を大いに受けました。中でもインターネットが人の繋がりを強めていくことに大きな可能性を感じているし、そこに未来があると信じています。だからインターネットを使って人々を繋げていく、人々を幸せにしていくようなことをこれからやっていきます。

そのための一歩としてTABIPPOというベンチャーで働き始めました。TABIPPOはWEBとリアルからうまく導線を引いて旅を広めているちょっと変わった会社です。ここでは新規事業の立ち上げをしていて、事業を0ベースで軌道に乗せるところまでを経験しようと思っています。

それ以降の予定はまだまだ未定です。

「インターネットで人々が繋がるようなプラットフォーム」を実現するために起業も考えています。いずれにせよ、世界一周で得た挑戦するマインドと行動力、そして自信を武器にこれからも必死に生きていきます。よろしくお願いします!

 

お世話になった人たちへ。

最後に世界中で出逢い、こんな甘ちゃんな僕を受け入れてくれた方たち、日本で見守ってくれていた友達、支えてくれた家族、僕の旅にちょっとでも関わってくれた皆さんに最大限の感謝を込めて。 本当にありがとうございました!

狭間純平

 

▼世界一周にかかった費用について書きました!

 

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▼世界一周に出るまでの準備について書きました! 

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